NO FUTURE FOR FUTURE

明日のことはわからない 明日のために

【ユニークフェイス】再始動したパイオニア・石井政之が、愛知県豊橋市で交流会 9・30

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15年に「ユニークフェイス」が解散した時のEテレ書き起こしページより。ページは消えており、現在は「Interbnet Archive」でしか見られない

 9月30日(日)愛知県豊橋市で、顔に傷・疾患があるなど”見た目問題”を持つユニークフェイスの交流会が行われる。主催は「ユニークフェイス研究所」の石井政之

 石井は自身も顔に血管腫を持ち、以前に当事者組織「ユニークフェイス」を立ち上げ・運営。定期的なピアカウンセリングをはじめ、様々な当事者への支援を行っていた。(「ユニークフェイス」は15年に解散)

 ユニークフェイスという言葉の名づけ親でもある石井によると「先天的・後天的な病気、やけどや事故などで身体や顔が”ユニーク”な方たち」とのこと。(「ユニークフェイス」では、醜形恐怖は対象としていなかった)

 石井のブログによると、今回の「ユニークフェイス交流会」では「こんなことを語りたい、質問したい人(当事者、家族、友人知人などの関係者)の参加をお勧めします」とあり、「就職」「恋愛・結婚」「学校でのイジメ」「治療を受けたいけど良い病院、医師の探し方が分からない」などの項目が並ぶ。

 さらにユニークフェイス活動20年の経験から 石井政之が当事者目線でアドバイスをさせていただきます。また、ほかの当事者と経験の分かち合いをすることで、ともに解決策を探していきましょう。」 とある。

 また、石井はSNS「全国各地で、ユニークフェイス交流会を開催したいので、お声がけしてください。交通費を準備していただいたらうかがいます。土日がありがたいです。最近、西日本の当事者から,豊橋は遠いのでなんとかなりませんか、と問い合わせがありましたので。」と、愛知県豊橋市以外での交流会の開催にも協力するとしている。


 ブログ筆者は石井氏と面識があり、ライターになる時にカメラやテレコをいただく等世話にもなっているのだが、最近は多忙で「ユニークフェイス研究所」として活動を再開したことを知らなかった。

 団体「ユニークフェイス」は15年の夏に解散。NHKEテレでの解散時の番組で石井氏は「自分の気持ちがもう行き詰まっていて、助けてほしいとサポートを求める人ばかりで、余裕を持って人にサポートを与えるところまでいく人が集まってこなかった」「急ぎ過ぎた。メンタルのダメージを受けてる人がすぐに自分の足で立ち上がって、自分の考えを発言するというのはやっぱり時間かかる」と語っていた。

 2007年に東京から静岡に移住。その後結婚し、2子をもうけ現在は会社員を主な仕事として生活している。しかしネットでは変わらず、ユニークフェイスや他マイノリティに関する話題などを話していた。

 「ユニークフェイス研究所」は、公式サイトによると「若いユニークフェイスのための活動」で「ひとりボランティア」だと言う。



 愛知県近辺の当事者や、周囲の方は行ってみてはいかがだろうか。公式サイトには「JR豊橋駅から5分程度のカフェ」とあり、連絡した人に詳細を教えるとのこと。

交流会 | ユニークフェイス研究所
ユニークフェイス 交流会でお会いしましょう - 自分の顔をつくろうblog

石井政之 (@ishiimsyk) | Twitter
■ユニークフェイスとは? 東大自主ゼミを再録 | 今一生のブログ

【不登校】あの時間があったから今、誰かのために 二人の起業家が対談 9・22心斎橋

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小幡氏のSNSより

 9月22(土)大阪・スタンダードブックストア心斎橋にて、元不登校児の二人の起業家のトークイベント『学校は行かなくてもいい?』が催される。
 地方創生ファンド運営の小幡和輝と、分身ロボット「OriHime」開発者の吉藤オリィが対談する。

 和歌山出身の小幡は、小学校低学年から中学3年まで10年近く不登校状態。学校以外では「普通に遊んでいた」と言い、自宅では各種ゲームにハマった。トレーディングカードの大会では、地元県である和歌山一を獲るなどの結果も。
「人と関わるのが嫌なのではなく、学校で行動を縛られるのが嫌」と言うが、自宅で一人で過ごしているうち「自分は何をしているのか」と悩むこともあった。

 高校は定時制に進学したが「働きたい」「大人と一緒に動きたい」という思いが大きくなり、アルバイトを始める。資格の勉強もし「1年間で6つくらい取った」。
 元々負けず嫌いの小幡は、高校に進学する際「学校を一回も休まない」「成績トップ」の目標をあえて作り、達成。さらに「人と繋がりたい」と、全国のイベントなどで活動している高校生たちとネットなどでアクセスした。

和歌山県の高校生たちの8,9割は卒業したら県を出てゆく」と小幡は言う。「これでいいのか」「出身県を誇りに思ってもらえたら」。そう感じた小幡は、アルバイトで貯めたお金で”高校生が地元を盛り上げる”ための会社を設立。「高校生カフェ」や「合同文化祭」などを主催・運営した。

 その後、和歌山大学に進学、町おこし・地方創生をキーワードに様々なプロジェクトを運営する。2017年には世界遺産高野山で「地方創生会議」を開催。またクラウドファウンディングと連携した1億円規模の地方創生ファンドを設立した。

 そんな小幡が、小学校高学年から中学まで3年半ほど不登校経験を持つロボットコミュニケーター・吉藤オリィと対談する。
 吉藤は身体が弱く学校を休みがちだったが、クラスでの居場所を失い不登校に。自身の孤独だった経験を元に「遠く離れていても、その場にいるかのように会話ができる」分身ロボットを開発した。

 義務教育の枠から自由だったからこそ、自分らしく人と繋がり問題意識に邁進できた小幡と、自身の経験から「孤独解消」をキーワードに”便利なだけ”ではないコミュニケーションロボットを開発する吉藤。
 今くすぶっている人にも、「自分ならでは出来ること」のヒントが見つかるかもしれない。
 
 ※小幡氏の生い立ちは2013年のブログ筆者取材ノートから
 
小幡和輝@祝!著書1万部📚 (@nagomiobata) | Twitter

吉藤オリィ(オリィ研究所 所長) (@origamicat) | Twitter

田舎ならではの狭いコミュニティが辛かった。吉藤オリィ×小幡和輝対談(前編) : 小幡和輝オフィシャルブログ

【イベント】「自己肯定」を取り去った後に残るものは… 女子エロ画祭の主催が仕掛ける”自分をえぐる”選手権

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神田つばき氏のSNSより

 あなたはふと夜に目覚め、そのまま寝付けず、その日や過去の出来事を思い出し「私は本当はこんな”いい子”ではない」「愛されたいがために自分を隠しているのでは」と頭を抱えたことがないだろうか。

 そんな隠している自分自身を深くえぐり、人前で晒せるかを競うイベント『脱・自己肯定弁論大会』が、10月19日(金)東京・高円寺パンディットで行われる。

 主催は、『東京女子エロ画祭(以下エロ画祭)』の立ち上げ人であり『ゲスママ』著者の神田つばき氏。
 エロ画祭は、女性による女性の視点から見たエロスイメージを、映像や写真・絵画などで表現し”出品”するコンペティション
 審査員は観客で、投票によってグランプリが選ばれる。
 過去5回行われている。

 今回もその形式は踏襲され、8人の弁士が登壇し「今、皆に見せている自分は本当の自分なのか?」「まだまだ自分の奥には底の見えない沼があるのではないか?」(公式サイトより)と自分を解剖しプレゼン。観客の投票によって優勝者が決められる。賞金は一万円。
 弁士たちは「会社員」から「映画評論家」「グラビアモデル」までバラエティに富んでいる。

 イベントの詳細として公式サイトでは
「今、自己肯定感をたかめて『幸せ』や『成功』を手に入れようとする人がふえています」
「言ったら親戚・同僚にもきらわれるような秘密、ぐうの音も出ないの「ぐう」を、皆さんの前で吐き出します」と書かれている。

 エロ画祭が、既存の男性目線のエロイメージたちへ一石を投じる意味も持つなら、今回の趣旨もまた、世間の「目先の損得のために、見たくないものから目を背ける」風潮へ対して、エロ画祭に共通する側面があるのかもしれない。

 なお、このイベントでは「録音・録画・実況tweet等は厳禁、当日見聞きした内容はいっさい口外しないよう」(公式サイトより)お願いするとのこと。 

10月19日(金)「脱・自己肯定」弁論大会 | Peatix

神田つばき10/19金「脱・自己肯定弁論大会」高円寺パンディット (@tsubakist) | Twitter

東京女子エロ画祭

『ゲスママ』著者・神田つばきさんインタビュー|AM

【DV】加害と被害を超えた支援 当事者たちが綴った書籍「DVは なおる 続」が発売

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中村氏が自身のSNSに投稿した書籍写真


 DVやモラハラの被害者・加害者たちが執筆した書籍「DVは なおる 続」が、9月下旬(予定)に発売される。
 主な著者は、家族支援を行うカウンセラーで「日本家族再生センター」所長の味沢道明と、メンズカウンセラーの中村カズノリ。

 味沢は京都市で「加害被害、性別、年齢にかかわりなく」(公式サイトより)DVやモラハラに関わる問題当事者たちを支援。
 カウンセリングや面会交流支援の他、加害者と被害者の隔てなく参加できる脱暴力グループワークや、DV加害者のためのシェルター運営等も行っている。

 中村は元DV・モラハラ当事者。過去に一般の加害者更生プログラムを受講し、自罰的なプログラム内容に精神的な不調をきたし、味沢のグループワークを訪れた。
 グループワークで行われる、同じ問題を抱える仲間や被害者たちとの交流、自己受容を軸にしたプログラムで回復。自らもメンズカウンセラーを志した。

 DV被害者・加害者が同じ場にいるグループワークは京都以外でも大阪・東京でも月1~2ペースで行われている。

 ブログ筆者もモラハラ加害傾向があると自認しており、5年ほど前から数回足を運ばせてもらっている。
 集まるのは婚姻やカップル間のハラスメントに関する当事者が主。
 被害者や加害者たちが混ぜこぜとなり、冗談等を言いながら共にワークのお題に取り組むなど、独特の和気あいあいとした雰囲気が印象的な場だ。

 ワーク後の歓談などで、他の加害当事者たちから「自責するしかなかった自分の経験や価値観、はじめて多くの人に受け入れてもらい、他の人の話も聞くことが出来た。そこではじめて自分のしたことも冷静に受け止められるようになった」といった声を多く聞いた。

 ブログ筆者は仕事などの人間関係においてハラスメントが出やすいため、たまにしか行くことはなかったが、一般的に「矯正施設」化しやすい加害者プログラムにおいて、有効な支援の形の一つであると思う。

 前作「DVは なおる」はアマゾンで注文するオンデマンドのペーパーブックだったが、今回は書籍としての出版形式となる。
 前作では主に加害男性における、脱暴力支援の論理や実践、有効性の検証などが詳しく書かれていたが、今回はより当事者たちの声を多く編されたものになると思われる。

 中村のSNSによれば「もうしばらくすれば書店およびAmazon等のオンラインショップでも購入できる予定」とあり、書店では主に注文で買えるようだ。

日本家族再生センター - DVやモラハラ等の暴力・家族を巡る問題にカウンセリング・ワーク・シェルター等を提供

中村カズノリ@「DVは なおる 続」9月発売 (@nkmr_kznr) | Twitter

 

【LGBT】炎上しても「私たちにとっての現実は、あの日ああして歩いたってことだけ」~岡田実穂&宇佐美翔子トークイベント@どん浴・前編~

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現在は青森在住の岡田(左)と宇佐美(右)


 9月8日(土)東京・あし湯カフェどん浴にて『病気とLGBT 地方で暮らすということ』のトークイベントが開催された。
 青森で暮らす二人のレズビアン、岡田実穂・宇佐美翔子が出演した。

 岡田は性暴力サバイバ―のアクティビスト。性暴力被害者支援団体レイプクライシス・ネットワーク(RC-NET)の代表として当事者支援や、研修・講演活動等で活動している。

 宇佐美は岡田のパートナーで、同じくRC-NETで活動。20年以上東京に住んでいたが、2014年から故郷の青森市に岡田とともにUターン。青森駅前の商店街の店で、様々な当事者が集うコミュニティカフェバー「Osora ni Niji wo Kake Mashita」(そらにじ青森)を運営している(現在休店中)。
 また今年4月、直腸がんが発見され治療中の身だ。

 二人は2014年から、セクシュアルマイノリティ当事者や賛同者等によるパレード『青森レインボーパレード』を青森駅前で実地。初年度は二人ともう一人だけの3人だったが、15年には24人、16年には45人、17年には約100人、そして今年は180名近くに増加した。

 そんな二人の現在のキーワードが「病気」「地方で暮らすこと」だ。トークの一部を、許可を得て公開する。

 

「パレード主催を『やります』ってハードルがすごく高くなってしまった」

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岡田
 「そらにじ青森」は、セクマイもそうでない人も来られる。生きにくいなと思う人が、昼間来れる場所があればいいなと思って。

 青森には5年前から来て、翔子ちゃんの故郷ではあるんだけど、縁が無い。でも5年たったら日常に組み込まれていくんだよね。
 場所があるっていうのがどれだけ大事なことなのかと。最初は色々言う人もいるけど、5年目になると「当たり前にある場所」って思われてきて。
 場所があることによって、みんなの当たり前が変わっていくんだよね。ネット上で色々(LGBTな話題等が)書かれていても、目の前じゃないと信じられないってことはある。

 でもこの場所が固定なものとして理解された所で、一回ストップしようと。今は自分たちの生活もままならんので…。
 元々場所の半分は翔子ちゃんのお母さんのものなので(置いてはおける)。誰かに貸せるけど、残念ながらやる人がいない。パレードも来年からどうしよう。

 

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宇佐美
 ”やりたい気持ちがある”と”やります”って集まってくるのは違う。”やります”って第一声を上げるハードルがすごく高い。
 「やります」って言ってしまえば人は集まってくるけど、言うのはすごく怖い。失敗できない。

 パレードにしても、各地でやる人は増えていったけど「一回目は思うようにいかなかったな」ってパレードでも全然いいと思う。私たちも3人からはじめたし。メディアに取り上げてもらうわけでもなく。ツイッターで「3人でやりました」「パレード1回目です」って言ったもん勝ち。

 東京のパレードと同じ日に、同じ時代を同じ課題を背負ったみんなが代々木公園に集まる。だったら私たちは青森で歩こうって始めたから。
 軽い気持ちで始めたわけではないけど、盛大な始まりでは全然なかった

 たくさん色んな所ではじまって「ああでないといけないのかな」とみんな思ってて。
 でも出来る範囲のスタートでも全然いいし、やったけど「なんか違かった」かもしれん。したらもっと違うやり方にして全然いい。みんな失敗したくないんだな。

 「最初からパーッとやりたい」「(私たちが)やってきた以上にやらなきゃいけない」…。すると声が上げにくくなってく。うまくいかなかったら助けてほしいって言えるコミュニティになるのが大事だし、「やってみよう」ってふわってはじまるの大事。

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”正しいLGBT像””パレードは成功しなくちゃいけない”

岡田
 パレードをやる時助けを求められないっていうけど、LGBT業界は、いつからこんなに個人がLGBTを背負わなきゃいけなくなったの。

 もちろん政治的にとかは必要だけど。「正しいLGBT像」とか「パレードは成功しなくちゃいけない」…。パレードの成功って何?自分が言いたいこと言えたらいいんじゃないの。

 何かしたいからパレードをするわけ、それこそプライドをかけて。その時に何かメッセージがあって、言いたいことを言えたらいいんだと思う。それはLGBTだけじゃなくてどんな属性の人たちだって。

 賛同されないこともあるかもしれないし、そのことに賛同する人はいるかもしれない。「正しいLGBT」にならなくていい。

 青森のパレードが他のところと違うのは、言いたいことを言うために歩くんだってこととか、自分がここにいることを明確に町の人に知ってもらう。
 世界にとかじゃなく、結果的に誰が知ってもらうことになるとしても、この道を歩くということの意味を直接ぶつけるパレードだと思う。

 だからそれが成功したかはわからなくて、人数の問題とかでも全然ない。

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「何かはじめる時は、叩かれる前提ではじめなきゃいけないのか」


岡田
 だけどきびしいじゃない世の中。今回のパレードでも参加してた人の服装が気に入らない人たちがいて。一人の参加者がフルボッコになったり。「ただの女装じゃないか」って。

お客さん 

 新聞に載った時にトランス当事者の人が怒ってたんですよね、記事の写真に。

岡田
 いわゆる”パス(トランスした性に見えている)したい系”じゃなくて、その姿がいかにも”女装みたい”ということでしょ。

宇佐美

 それは社会的なジャッジというかその人が思ったこと。でも本人がどういう思いで女装してたかまったくわからないのに、第三者がどう見えるかってことで”恥”だとか”嫌”だとかいうことをバーッと配信するわけ。
 でも、どういうつもりかもわからないのに服装とか見た目でジャッジされることが、なんでこのパレードで起こらなくちゃいけないの。 

岡田
 「LGBTを利用してる」と言われたりとか、それこそ「死ね」とか。「そんなので出るなんで青森の恥」だとか。青森の恥っていうのはもっと色んなことががあるんじゃないか(笑)
 個人攻撃として「青森から消えろ」とか「死んでわびろ」とか書かれたりして。そんなことを言われるようなLGBT業界であれば、パレードやるのは怖いことだと思う。
 私たちは叩かれ慣れたとこあるから。でも表に出てカミングアウトするとか、自分が何かはじめようと思うのは、叩かれる前提でやらなきゃいけないのか。

 いくらでも言われるじゃない。それをスルーしますけど、スルーできない人たくさんいるし。
「カミングアウト怖いことでしかない」って思ったら、やるって言わないだろうな青森の子たち。田舎に住んでて、いきなり都会の当たり前みたいに青森のパレードも脚光あびて。

宇佐美
 「可視化する」って時に、”社会が思うLGBTの姿”みたいなものでない人が入っていたら批判される。ネット上でも感じたらパレードやりたいですって言えなくなるよね。

岡田
 私たちが欲しいのは、その立ち上がった人を支える人たちが集まってほしいと思うけど…。LGBT業界今、誰を叩くかばっかりだと思うことはある。

宇佐美
 場があれば共有はできる。「あれは腹がたった」って、一緒に言える人がいるっていうのが大事。あの場所を一緒に歩いた経験は絶対変わらないし。

 「私たちはあのパレードで、楽しかったり誇らしかったりすごい良かったよね」と共有してる。その上でネット上で何か言われたってことがあったとしても、それは現実ではない。私たちにとって事実っていうのは、あの日ああして歩いたってことしかないから。

 ~後編「地方でLGBTが病気になるということ」(仮)に続きます~※一週間後くらい予定

取材・構成・撮影:遠藤一 (@endohajime) | Twitter


岡田実穂 (@okacchi820) | Twitter

岡田実穂(おかだみほ)と青森に希望をつくる会 (@okadamihope) | Twitter ※岡田さんは今年10月末に投開票される青森市議選に立候補予定
■宇佐美翔子 shoko_usami (@shokodon2011) | Twitter

レイプクライシス・ネットワーク (@RCNET_official) | Twitter

青森レインボーパレード20180624 (@RainbowAomori) | Twitter

そらにじ青森(現在休業中) (@soranijiAOMORI) | Twitter

足湯カフェどん浴 (@donyoku2018) | Twitter

カテゴライズから自由になって人が繋がれる場所 誰もが入りやすい「足湯カフェ」を新宿二丁目に | GREEN FUNDING by T-SITE  ※足湯カフェのクラウドファウンディングです

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正直なところ

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色々と不平不満の多い自分だが
正直なところ、なるようになってきたのではないかと思う
自分に正直に、思うままにの結果

子どものころを思い返してみる
自分は暗いキャラで、母親依存が強く、おとなしめの特定女の子としか遊ばず
男の子集団と一緒に遊ぼうものならいつも泣き帰ってきた

小学生になっても変わらず、休み時間は図書館に行き、入学したころから絵本や子供向け本ばかりを読んでいた
自分も書いてみたくなり、月に1、2作くらい書いてみては、親に見せ学校に持っていき皆に読んでもらうくらいがコミュニケーションだった

3,4年くらいから坊主頭にし活動的になったが、相変わらず図書室図書館は好きで、元気な男の子たちとは遊ぶが

どこか苦手で、ただ目立ちたがりなとこくらいが開花?変わっていった

その先はけっこう色んなとこで書いてきたので飛ばすが
高校になって進路に迷った時も、演劇を断念しライターに憧れていた
大学に行きたくないという思いがあり(進学校で皆が行き過ぎておかしいというのもあった)
高校3年くらいから東大のゼミなどにもぐった

結局ひきこもったが
色んなアルバイトもしてきたが、どれもまったく日々の時間を埋めるには満足せず
誰もやってない、マイノリティな層に空手を教えるのと、誰も書いてない現実を取材するライターになった
それ2つでは食えなかったけれど

それから10年ほどたち
今、さまざまなことを後悔してきた気もする
「高学歴行けたんだから、行っとけば食いっぱぐれることもなかったのでは」とか
「普通の人生で結婚して子どもがいる家庭で暮らすほうが、まわりからもへんな目で見られることもなく、落ち着けたんでないか」とか
ただ…

思い返してみると
「誰もやったことない仕事をしていくこと」しかしたくないし
「(自分の出した企画を書く)ライター以外で長く続いた(納得して「仕事」として受け入れられた)」ものもない

新聞社とかも考えたが、そもそも大学生活をうまく送れてない(行ってない)んだから、実質社員は無理だろう。
それにうらやましいのは、お金と取材のしやすさだけで、実質空手もできないし、まあ今さら考えたところでだ

ぶっちゃけ子どもも、欲しくない
もし「幸せな生活」を本当に思った時にも、「子ども」がイメージすることは今までにもずっと無く
大好きで気の合うパートナーと一緒にいれたら、といったほうがずっと現実的に望んでいたことだ

パートナーはいないが、これはまあ今はしょうがない。

そんなこんなで…、正直自分はこの現在しかなかったのではないだろうか。
最近なーんとなく思って、今日歩いている時ふと思った

私は変わっていると思う
昔からそうだった
友だちも多いほうじゃなかった
好きになる相手には一途だった
そして自分が納得したことでないと動けないし、続かなかった

自分の経験や感覚は、他の人に敷衍できない
それはよくわかっている
孤独でありたくなくて、つい迎合したり、本音を隠したりして次第に自分も騙してしまう部分が、自分にもある

けれど、自分は裏切れないのではないか

空手のきっかけ、試合のきっかけ

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帰り道、ふと
空手のきっかけと試合に出るきっかけは違ったなと思い書いておきます

空手をはじめたのは、色んなとこで言ってきたように
ヒキから脱したかったからだし
外が怖かったからだし
逆に自分が誰かを害しそうと思っていたこともあります

で、師匠にすすめられて、というかんじですね
自分が殴り合いくらいできとかないとと思っていたこともあります

直接のきっかけは、2年くらいガチヒキっていたのに
友だちの出版記念イベントをやりたいと思って、動いて、とてもしゃべれなかったのでその前に…というかんじでイベントギリ前の入会したかんじです

ただ、はじめの半年ほどは基本クラスにばかり通って、スパーリングクラスに出たのは半年近くたって
それからもスパーリングクラスには週に一度くらい出よう
3年やるか、緑帯まではやろうとか思っていました(今17年目で二段です)

試合とかまったく考えていませんでした
自分ができると思わなかったし
殴り合いの練習が人よりできればいいなあくらいのかんじでしたね
格闘技じたい好きでもなかったですし(今もです…)

ただ、あることで酔っ払った元ボクサーの一回り以上年上の人を
何度も殴ってしまったんですね
相手は無抵抗状態で

結局相手はCT病院で、自分は
「相手がどれくらい傷ついているのかわからない」
というのが本当にまずい
と思ったんですね
自分の暴力がどれくらいで把握できてないということは、過剰に他人を傷つけます

それから、平日のスパークラスにも出て、黒帯ばかりで足腰立たないくらいに帰されて
半年くらい出て、試合でした(新人戦で準優勝でしたが両足が2倍くらい腫れ上がりました)

思えば、最初道場に入ろうと思ったのも
スパークラス見学して、女子の攻撃はブロックやカットしてはならず、受けて軽く返さなければいけない(顔以外)というのが「受けられるようになりたいな」と思ったのが決め手でした
自分の「力」の向け先に自信が無かったと思いますし、今でもそうです。

空手をはじめて2年くらいで、一時カウンセリングに通っていたのですが、数回してやめました。
空手で向かっていこう、という気持ちが弱くなって(自分を弱者一方認定しているからだと思います)やめたのですが
最後のカウンセリングで
「自分が大事に思う誰かを傷つけすぎたくないし、傷つけていることに知らないままでいたくない」
と答えたのをおぼえています

いまだに、自分は変わっていないとは思います