NO FUTURE FOR FUTURE

明日のことはわからない 明日のために

はじめて自分の風呂に入った‬

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自分は今までゲストハウス暮らしで、シャワーのみ、風呂に入ることはなかった
湯船に浸かりたい時は銭湯のみ

親と縁を切って、10年間以上、ずっとだった

今日流石に疲れて、新居の狭いユニットバスにお湯を少し入れて、身体を浸した

クソ狭くて肩がこるし、おそらくそうそう使わないだろう
水道代もかかる

しかし、浸かりながら、やっと自分の風呂に入れたなと思った

25の初ゲストハウス暮らしの前は仕送り単身だったから別に湯船自体はあったが、「全部自分の金」でなかった

自分の金でないと、生きていることも感じられなかった

エイプマンの10センチくらいの厚みのマットレスも買った
これにすのこベッドや、デカいシリカゲルで当分やるだろう
けどこれも初めての「自分のベッド(布団)だ

自分は人より何周りも遅れている
元ひきこもりで、ニート期間も長く、今だってフリーだ
自分の年齢月収(年収?)になるのも随分遅れるし、追いつかないかもしれない

けど自分は生きているのだ

【格闘技】43歳元うつ病のキックボクシング王者・松崎公則が防衛戦 病気から学んだ「ラクに考え、力まない」戦い方

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左ミドルキックを放つ松崎氏

 10月20日(土)に開催されるキックボクシングイベント『J-KICK 2018~4th~』(J-NETWORK主催/東京・後楽園ホール)で、かつてうつ病を患っていた43歳のチャンピオンが初防衛戦を行う。

 松崎公則(STRUGGLE)、現J-NETWORKスーパーフライ級王者。現在3連勝中で、直近の2試合はKO勝利している。じわじわと相手のスタミナを奪い、自分のペースに持ち込みヒジとヒザでねばり強く攻めるサウスポーだ。彼は10年前、部屋にこもりきりの「うつ病患者」だった。

 28歳の時、会社員をしていた松崎は以前からの夢だった国際協力事業に転職。カンボジアでの職業支援に従事した。しかし日本と現地団体との折衝に悩み、1年で退職。帰国して半年ほど「部屋でほとんど動けなかった」という。

「自分の能力的にうまくできなかった。国際協力の仕事をずっと目指していたんですが、落ち込んじゃったんです」と言う松崎。数カ月はベッドとパソコンの間を往復するくらいだったが、だんだん動けるようになってきたという。

「最初は山とか温泉とかに出かけて、出来るところから」身体を動かしはじめた。以前やっていたキックボクシングをまたやってみようと思い、現在所属のジム「STRUGGLE」に入会した。30歳だった。

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「中年や、鬱病患者の希望の星になりたい」と言う松崎


 STRUGGLE会長の鈴木秀明氏は「入会してきた時は鬱病の最中で、挙動も怪しかった」と当時を思い出す。続けて「運動神経も下のほう。けれどいつも同じ時間に来てきちんとメニューをこなしている」と言う。
 松崎も「入会して2年くらい、アマチュアの頃は抗鬱剤など飲みながらやっていました。良くはなっていたんですけど、不安定で」と振り返る。
 鈴木会長によると「アマチュアの頃は負けまくっていた」というが、プロデビューして3年で「WPMF世界プロムエタイ連盟)」の日本スーパーフライ級王座を戴冠。
 39歳の2015年には「REBELS-MUAYTHAI」フライ級王座を獲得。翌年16年、41歳の時には同団体の一階級上、スーパーフライ級王者にもなり、二階級制覇した。現在まで四冠を経験している。

 鈴木会長は「年齢も年齢だし、弱い部分は多かったけれど自分で考えて、工夫してうまくなった」と評する。鬱病になる人は真面目な人が多い。その真面目さに苦しめられたこともあれば、強みに変わることもあるのだろうか。

「つらいことが来た時は、逃げちゃう。」

 四冠王の肩書を持つ松崎だが、練習中以外は肩の力が抜け穏やかな雰囲気をまとっている。「今でも鬱になることは、たまにはある。元々の性格っていうのも直せないし」と笑う。「でも対処法がわかるようになった。ラクに考え、つらいことが来た時は、逃げちゃう。気分が乗らない時は練習もやめといて、走るだけにしたりしています」と、自分の中の”憂鬱”と付き合いながら選手生活を続ける。

 ブログのタイトルも「憂鬱なキックボクサー」だ。「以前は元うつ病というのを出したくない、恥ずかしいというのがありました。でも(外に)出したほうがラクになる。隠していると逆にぎくしゃくしちゃうし」と、とくに隠さず周りには”カミングアウト”している。
 現在はジムのトレーナーをしながら、個人での整体業を開く準備中だという。

 今回の防衛戦の相手は、18歳でWMC(世界ムエタイ評議会)日本スーパーフライ級王座を7月に獲得したばかりの大崎孔稀。幼い頃からアマチュアで活躍してきた「格闘技エリート」だ。

 松崎は大崎の印象を「最近の選手は子どもの頃からやっていて、スピードがとても速い。相手の試合ビデオを観て研究していますが、スキを見つけて自分の距離にいかに持ち込むか」と入念に研究している。「この年になると、力んじゃうとすぐ疲れちゃう。力が入っちゃうとどうしてもテクニックが出せない。相手も見えなくなってしまう」と力まずテクニックで勝負すると語った。

 鬱の人に「がんばりすぎない」というのは常識だが、がんばりすぎないことと、あきらめないことはイコールではないのかもしれない。脱力しながらも、自分の戦いを貫く43歳の王者は、20日リングに向かう。

※文・写真:遠藤一 無断使用・転載を禁じます

憂鬱なキックボクサー

MKiminori (@MKiminori1) | Twitter

キックボクシングジムストラッグル|東京|押上|錦糸町|鈴木秀明が指導

https://www.facebook.com/strugglekick

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【伴走支援】青少年による殺人事件が最多レベルのホンジュラスで”UNDOKAI(運動会)”が開催

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ハチマキを巻いてUNDOKAIに臨むホンジュラスの若者たち。右下が陰山氏

 9月6日(土・現地時間)、中米のホンジュラス・首都テグシガルパ市で地域の住民と青少年が共に運営し、参加した運動イベント”UNDOKAI”が開催された。
 
 ホンジュラスは北と南をカリブ海に面する中米に位置する国。コーヒー・バナナ等の産地として知られるが、中米最貧国の一つで、現在は殺人発生率が世界トップクラスとなっている。
 民主化に反発するクーデターの連続や、グローバル化による貧富の拡大により、政情や治安は悪化。未来に希望を持てない貧困層の若者の一部は、”マラス”というギャング集団に入る者もおり、治安悪化の大きな一因となっている。

 国際NGO「AMDA-MINDS」は、世界の貧困国を中心に教育や医療支援を行っている。AMDAの陰山亮子は約6年前にホンジュラスへ赴任。郊外に住む妊婦が安全に出産するための支援や、若年妊娠の啓発教育など母子保健支援などを中心に行ってきた。

 陰山はかつて青年海外協力隊として、南米のエクアドルで教育支援を行っていたことがあるがホンジュラスという国に赴任して5年半。私の人生で、こんなにも人の死が身近だったことは、かつてありませんでした」クラウドファウンディングサイト・READYFORより)とショックを受ける。

 ギャング集団”マラス”の構成員は若者が主。陰山によると「大人は『若者は全員悪者だ』といわんばかりに青少年との関わりをできるだけ避け、警戒する住民同士の信頼関係も薄らいでい」るとのこと。

 マラスの若者は、家族から愛情を注いでもらえないがために精神的孤立を味わい、仲間を求めて入団することも多い。
 陰山は「首都テグシガルパ市を拠点に、市内の"不良"と呼ばれる青少年たちが周囲の人々と健全な関係を築き、自尊心と希望を持って生きてゆけるよう、支援をつづけてき」た。

 青少年を敬遠しがちな大人たちを巻き込んで、いかに「地域で子どもを育てるコミュニティ」を作るかを模索。バザーやサッカー大会などコミュニティのメンバーたちも楽しめる活動を、当事者主体で行ってゆくことを支援してきた。
 その中で青少年のリーダーとなり「まさか、地域の大人が自分を頼りにして、いろいろ任せてくれるようになるとは夢にも思ってみなかった」と語る元不良と呼ばれる生徒も出てきた。

 AMDAの本部がある岡山で、地元の高校生らと勉強会や交流会などで親睦を深めてきた陰山。ある時高校生たちがホンジュラスの青少年支援として「運動会」を提案。ホンジュラスの学校ではスポーツなど課外活動はほとんど実施されない。
 もともとスポーツが好きだった陰山を中心に、「子どもから大人まで幅広い世代が参加することで、スポーツを通じて交流を促す」地域の運動会イベントに着手した。

 今年5月にクラウドファウンディングサイト「READYFOR」にて、開催のための資金を募ると、一カ月で125%の目標金額を達成。
 9月8日に、首都テグシガルパ市でも最も危険と言われるフロール・デル・カンポ地区で、第1回 "UNDOKAI"が開催された。
 
 地元学生が中心となった”UNDOKAI実行委員会”が運営を行い、地区の子どもたちや住民たちに呼びかけ参加。プログラムは袋跳び競争、大縄跳び、くす玉割り、そして国民的競技である”ミニ”サッカーなど。
 UNDOKAIの様子や、準備の光景などはREADYFORサイトにて詳しく報告されている。実行委員会のメンバーたちは「子どもたちをはじめ住民みんなの笑顔をご褒美に、やり切ったという気持ちでいっぱいの様子」だったという。

「運動会は他の地区でも続々と開催される予定」で、READYFORサイトには「地区それぞれのユニークな運動会のご報告を、引き続きお楽しみに!」とある。



 日本でも話題となる中南米の治安悪化の一因は、日本の貧困層の問題とも同じ、両親のネグレクトによる自尊心低下と孤独によるもの。麻薬やクーデターなど南米ならではの事象もあるが、構造的には世界どこも変わらないと思う。
 
 ブログ筆者も、ひきこもりやメンヘラ、フツ―の人たちがごちゃまぜ二人一組になって走る1for1マラソンを開催しているが、”UNDOKAI”は地域も巻き込んだ、AMDAが草の根的に粛々と支援を続けてきた信頼の地盤の上に「スポーツイベント」を当事者とともに作り上げた。

 辛抱強い支援を続けている陰山氏他メンバーは本当に尊敬する。

 陰山氏は、ブログ筆者のかつてのシェアハウスメイトだった。スポーツが好きで、いつも笑顔だったが、ネットで検索して出てくるほぼ全ての写真でも笑っている。

 JIKA時代、犬に噛まれて大ケガの話も、ノミだらけの子どもたちの頭を洗う話も、楽しそうに話してくれてた。今も変わってないんだと思う。

 JIKA帰りからいったん日本に戻って、そこで半年ほど同じハウスで暮らしたが、すぐに中米某国の大使館に働きに出て、戻るとさらにホンジュラスへ飛んだ。
 最危険地帯へ好んで生きに行くので、時々ふと思い出してはぐぐって生存確認してた。すると今回の事業が引っ掛かったのだが、クラファンは既に終わった後だった。すまん。

「日本は冷たい、距離がある。南米の人は温かい」と、引っ越し用具手伝う帰り道で話して聞いた。そのとおりだと思う。でもりょーちゃんみたいなやつが出るくらい、この国も捨てたもんじゃないとも思う。

 どこで誰と一緒に走るか。地球の裏側であっても、人と人はそんなに変わらないのかもしれない。

 

死があまりに身近なこの国で。若者の未来を育むためにできること(陰山 亮子(AMDA-MINDS:AMDA社会開発機構) 2018/05/21 公開) - クラウドファンディング Readyfor (レディーフォー)

祝!! 第1回 "UNDOKAI" 開催! 死があまりに身近なこの国で。若者の未来を育むためにできること(陰山 亮子(AMDA-MINDS:AMDA社会開発機構) 2018/09/25 投稿) - クラウドファンディング Readyfor (レディーフォー)

AMDA社会開発機構 (@amdaminds) | Twitter

【アート】ひきこもりを経験した美術家が、当事者たちの部屋の写真を募集

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14年の個展時、自らのひきこもった部屋の画像と映る渡辺

 現代美術家渡辺篤が主宰するアートプロジェクト『アイムヒア プロジェクト』が「ひきこもり生活を送る方自らで撮影した部屋の写真」を募集している。「集まった写真を編集し写真集を作ります」という。

 渡辺は「当事者経験を根幹に、他者と繋がる」を主軸に美術活動を展開。東京藝大やその大学院時代には、渋谷のホームレス排除や、実家の問題でもあった新興宗教などを題材に批評性の高い作品を制作してきた。

 しかし2010年夏、失恋や当時かかわっていた社会運動からの排除などをきっかけに実家の自室に引きこもる。半年ほど部屋からほぼ出ることは無く、10年冬に「母親が弱く見えた」ことなどから徐々に外へ出る。しかしその後もすぐには”社会復帰”出来ない日々が続いた。

 引きこもりから状態から出た日、髪もヒゲも伸び放題、風呂にも入らない自らの写真を撮った。「引きこもった期間は、この写真のための役作り、場作りだった」と、自らの辛かった日々を”作品”に変えようと決意した。

 14年12月、個展『止まった部屋 動き出した家』を開催。広さ一畳ほどのコンクリートで密閉された空間に自ら一週間閉じこもり、かつての経験を”再現”した。「個展には、かつて辛かった自分を弔い、再生する意味があった」と語る渡辺は、一週間後に数時間をかけ、内部からノミでコンクリートを壊し外界へ”再生”した。

 その際に「他の引きこもりたちの”傷”にも寄り添いたい。”傷”だってカルチャーになる」と、ひきこもり当事者たちから彼ら自身の部屋の写真を募集。計60枚以上の写真が送られ、会場では15名の写真をスライド上映した。

 今回は、同コンセプトの2回目の募集となる。
 アイムヒアプロジェクトのページには「それは単なる興味本位なまなざしだけでなく、社会問題として、もしくは鑑賞者自身の経験とも重ね合わせながらひきこもり当事者の方々の生活を通して他者の痛みを知りたいという気持ちを生み、そしてそれは現代美術作品としても充分に強度のあるものになるだろう」とある。

 応募の条件は「ご本人以外からの投稿は受け付けません」とのことで、プライバシーには「誰のものか分からないよう匿名性を守ります」と配慮する。「締切は2018年12月1日(募集人数40名に達し次第締切)」

 渡辺は引きこもり中、ニコ生などのサイトで匿名同士交流していた。14年の個展時には「視聴者の中には、明らかにひきこもり、ニートがいた。僕だけ再起し、外に出てしまったけど、匿名の彼らとの関係を形にしたかった」と語っていた。


 ブログ筆者はかつて全身に自傷行為を行っていた。やめられず傷跡が消えないのでタトゥー雑誌「BURST」に売り込み、顔出し見開きカラーで掲載されたことがある。
 今では傷はあってもなくても関係ない「ただ自分」のものだが、隠したいもの、後ろめたいと思う経験を逆手に取って”表現”にすることは、自分と世界を受け入れる一つの方法になるかもしれない。

文・写真:遠藤一 ※無断でのコピー・転載を禁じます

トップページ - 「ひきこもりの部屋写真」募集

渡辺 篤/Atsushi Watanabe (@nabe_chan_) | Twitter

TOP - 渡辺 篤 ATSUSHI WATANABE ー ARTWORKS

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”当事者経験を根幹に、他者と繋がる”を主軸に様々な作品を展開する渡辺



【アート】身体障害者だけの劇団態変が、2年ぶりの東京公演 相模原事件に返答する「ニナイカライ」

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主宰の金氏のSNSより。劇団態変ではチラシを置かせてくれる場所を募集しているようだ

 11日2日(金)~4日(日)、東京の座・高円寺1にて演者全員が身体障害を持つ大阪のパフォーマンス集団「態変」が公演を行う。

 態変は「1983年に大阪を拠点に創設され、身体障害者にしか演じられない身体表現を追究するパフォーマンスグループ」(公式ページより)。
 主宰で作・演出・舞台監督である金滿里の身体障害者の障害じたいを表現力に転じ未踏の美を創り出すことができる」という着想に基づき活動する。メンバーは全員が脳性マヒや四肢欠損など、身体障害を持つ。金自身も幼少時からのポリオにより障害を持っている。
 東京での公演は16年以来2年ぶり。

 今回の演目は『ニライカナイ-命の分水嶺』で、金のブログによると「この作品は、2年前の7月26日に起こった忘れもしない事件。相模原やまゆり園19名障碍者大虐殺事件が、植松聖という凶悪犯人によって起こされてしまった、という事実に私はきっぱりと応答しようとし作ったもの」だという。

 金の言葉で「障害者は世に在ってはならない存在とされていたと思うんです。そういった実感から翻って、命への祝福ということを障害者は背負っている」という一節がある。

 また「ニナイカライ」企画書では「幼少期を施設で過ごした金は、その場に横たわる優生思想、あるいは一部の命の存在を消し去ろうとする社会システムを肌で感じ取り、施設を出てからもその危険性には警告を発し続けてきました」

「片方を肯定し、片方を消し去ろうとする。そんな窮屈で、誰にとっても逃げ出したくなるような社会とは一線を画する世界像を、沖縄の大自然が育んだ「ニライカナイ」という思想を元に探すことはできないか」と書かれている。

 今回の公演で態変は、相模原事件に代表される世間のヘイトクライムに対し、以前から抱いていた思いと今まで蓄積してきた表現を駆使し”返答”をするようだ。

 


  
 ブログ筆者は、10年以上前に新宿で一度態変のパフォーマンスを見たことがある。自分の身体の使い方とはまったく違う動きが続いてゆき、客席でモゾモゾして自分の身体を確かめたくなった。その時感じたものは「(障害者に関わらず)誰もが自分と違う」という断絶感のようなものだ。

 その時以外にも、似たものを感じたことが一度ある。ブログ筆者は何度か、脳性マヒを持つ人たちと格闘技を一緒に練習したことがある。
 
 彼らと組技のスパーリングをすると、通常の技がかけられない。彼らの身体は、末端はともかく体幹や股関節などの中心に向かうにつれ過剰に引きつけが強くなり、生半可なことでは開かないのだ。

 はじめて組んだ時に思ったのが「私の身体とこの人の身体の感覚は、明らかに違う。なんて離れてるんだろう」ということだった。
 その後、マヒではない選手の人ともスパーリングをしたが、その感覚は続いていた。(実はスパーリングというのは、どんな人とでも多かれ少なかれ感じることだが、この時はそれが強かった)

 態変の舞台で様々な音で刻むビートや、たゆたうような光に流されるように没頭して見ている時の感覚も、それに似たものだった。帰り道で、自分の歩き方がぎこちないように思ったのを覚えている。

「私たちは隔絶されていて、一人ひとり完全に違う」ということを、頭ではなく感じてしまうもの。それが態変の舞台の一つの特徴だと思った。完全に主観だが。

 ”多様性”という言葉がはやっている。「みんな違ってみんないい」と小学校でも聞かれそうな言葉だ。
 みんないい、のかは知らない。しかしみんな違うということは、孤独なことだ。態変の舞台を観ると、そんな孤独な自分の身体で何が出来るのか考えざるを得ない。

 

Performance Troupe TAIHEN

劇団態変 taihen (@imaju_taihen) | Twitter

【書籍】その問題は誰のもの?当事者視点で編まれた「セックスワーク・スタディーズ」が発売

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神保町の三省堂には25日に入荷していた

 9月26日、セックスワーク経験者を中心に当事者や研究者、支援者たちによって作られた『セックスワークスタディーズ』(日本評論社)が発売される。
 編集は「性風俗で働く人々の健康と安全のために活動する」団体「SWASH」によるもの。
 本の紹介には「セックスワーク研究を切り開く、はじまりの一冊」とある。

 この本には「当事者が”被支配・搾取されている”と一方的に支援することが、被支配・搾取そのものである」ことや「当事者は弱者であり、助けなければいけないものとしなければ接することができない”支援者”たち」という構図が、そこかしこに出てくる。

 これは”セックスワーク”だけのことではないだろう。心身の障害や、セクシュアルマイノリティ、ひきこもりや子育てに至るまで、外部から一方的に「こんな問題を抱えているだろう」と見られがちな様々な当事者に起こることだ。

 セックスワークでは、近年メディアでの「風俗嬢×貧困」の切り口が流行り、様々なルポやドキュメンタリーが”悲惨で可哀想な”視点で取り上げられた。
 支援でもセックスワークに携わることそのものが「被害」であるような視点での活動が増え、ワーカー当事者たちの間隔とはズレていることが多い。
 
 セックスワーク業界に、問題があふれていることは事実だ。店舗型が営業できなくなり、デリやよりアングラ化し危険が増すなど社会構造からくる問題や、現場での客対応やストーキング等ハラスメントについても。
 この本は、まず「”問題”とされていることは誰が決めるの?」と、当事者主権を取り戻すことからはじめる。
 
 風俗嬢だから貧困だろう、過去に性的なトラウマを抱えつけこまれているだろうというステレオタイプな物語をいったん外したところから、本当の問題の「声」は聞き取れる。

 そこからはじめて、たとえば感染症から契約書サインの問題、また周囲へのカムアウトなど具体的な問題対応へ少しづつ安心してシフトしてゆけるだろう。AVから、風俗から抜けること一つだけが「解決」でも幸せでも無いのだ。当たり前だが。

 ブログ筆者はセックスワークの権利系問題にあまり近くなく、稚拙な紹介で申し訳ない。
 ただ自分が思い出すのは「はじめて自分が必要とされた、大事にされた」と喜びながら、やがて孤独の中で死んでいった何人かの精神的に不安定なワーカーの友だちたちだ。
 また自分がまだ高校生の頃、リストカット等しながら援交していた何人かの友だちたちのこともある。

 彼らが大人になって、生き返って戻ってきて、当事者としての誇りを持つ言葉たちを獲得し、堂々と社会に相対してきた。
 そんなほのかな嬉しさを、勝手にこの本を手に取って感じたのだった。
 非常に個人的なことだが。
 
 ”セックスワーク”に関わる人以外にも、当事者と自覚する人たちにおすすめの研究・実践の”ここからはじめる“一冊。

swash (@swash) | Twitter

セックスワーク・スタディーズ SWASH

いかがわしくあってはいけない障害者の性――“差別撤廃”か“部分的権利保障”か / 要友紀子 / SWASH代表 | SYNODOS -シノドス-

【当事者起業】「出来ない新人に、やる気がないと思っていた」ウツを患ったマネジメントのプロが、交流カフェを開店  東京・篠崎『ごちゃまぜCAFEメム』

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おしゃれな外観のメムと、店主の和泉さん

 今年6月、東京・篠崎にカフェバー『ごちゃまぜCAFEメム』がオープンした。店主は長年ウツ症状とともに暮らしている、元会社員の和泉さん。公式サイトのトップページには「マイノリティと非マイノリティが相互理解し合えるサードプレイス」と掲げられている。

 駅から8分ほど歩いた、住宅地兼商店街の落ち着いた立地にある。外観や店内は、ウッドテイストで統一されたお洒落な雰囲気だ。カウンターが7,8席(調整可能)と、4人が座れるテーブル席が2つ。ブログ筆者が訪れたのは休日の午後で、すでに6名ほどのお客さんがいて、次第に増えていった。 

 その日は夜から「マイノリティと仕事」というテーマの、お客さんによるイベントデーだった。土日や平日夜を中心に、お客さんが主催の様々なテーマのイベントが行われている。

自信があったマネジメント。つまづく新人に「やる気がないのか」と思っていた

 北海道から上京した和泉さんは、憧れていた某大手サービス系企業へ入社。10年間ほど、マネジメント業を中心に活躍した。そこで現場スタッフの新人教育を担当した時期があったという。

「1日目は基本を、2日目は応用、3日目から現場デビュー」という流れで育ててゆく。「だいたいの人はマニュアルどおりで育つんです。だけど中には1日目はオッケーでも、2日目の応用でつまづく人がいる。自分は絶対的な自信があって。ほとんどの人はそれで育つんだから、こっちに間違いはないと」。和泉さんにはベテランとしての自負があった。

「そっち側の問題だろうと思うわけです。『やる気がないのか』と思っていたし、厳しい言葉を投げることもありました」と振り返る。

 しかし「何年か後に”発達障害”という概念をはじめて知りました。もしかしたら…と思ったわけです。自分がダメダメの烙印を押した人たちって、その人自身のやる気の問題ではなかったのではないか…」と、彼らが障害を持つ可能性に思い当たったという。

 発達障害には様々な分類や症状があるが、たとえば暗黙のルールが理解できなかったり、集中することが苦手だったり、逆に集中し過ぎてしまう、物事の優先順位を把握することが苦手…など通常の社会生活を営む上で、そのままだとハンディとなる特性が多いとされている。

「無知だったとはいえ、すごく罪悪感を持ちました。後悔ですよね。人としてはやってはいけない、言ってはいけないことを言ってきた可能性があるのではないか…」。和泉さんの在籍した企業は”○○社流・人の育て方”的な書籍なども出ている業界の大手。「中の人間も”そのやり方でやって育たない人は彼らに問題がある”という常識に浸かっているわけです」


「スタッフを障害者扱いするな。力不足の言い訳にするな」

 その後、和泉さんはシフトを選べない多忙さや、人間関係で疲労しその企業を退職。同じマネジメント職で違う仕事についた。
 その会社でも入社してくる新人スタッフの何人かには「この子はもしかしたら…」と、発達障害特性を持っているかもしれない人はいたと言う。

 「たとえば出来ないことや失敗が多い人で、そのままでは他の職員やスタッフと同じ仕事を任せることは出来ない。私も少し(発達障害のことを)勉強してきて、見れば見るほど”特性だな”思うんです。けど他の人がやっていることを、その人はやらなくていいよっていうと『なんでその人だけ特別扱いするんだ』という声が出ますよね。そのジレンマに悩んでいました」

 一人で抱え込んでしまった和泉さんは、ある時意を決して会社に「○○さんは発達障害の疑いがあります」と報告した。しかし返ってきた言葉は「あなたはマネジメント失格だ。スタッフを障害者扱いして」というものだった。

「自分の力不足を、スタッフを障害者に仕立ることですり替えたということになったんですね。衝撃でした」。今から3,4年ほど前のことだったという。「世の中ってまだまだなんだな、と思いました」

 その後、さらに転職したがマネジメント経験の豊富な和泉さんは、どの企業でも「会社と人とを橋渡しする」マネジメント職ばかりだった。

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和泉さんと店内の様子

「組織に所属するのは難しい」


「企業や組織を離れて、社会に貢献するようなことがしたいという思いが強くなってきました」と、会社勤めに限界を感じるように。

 当時和泉さんは「発達障害のことを知りたい」と、都内のイベントバーなどで当事者が主催していた”発達障害バー”等にも何度も通っていた。それでも「身近にいるけれど、自分とはかけ離れたもの」だという思いがあったという。
 しかし1年ほど前に、突然身近に感じるようになった。

 和泉さんはもともと「何年かごとに波が来てウツになって」とウツ症状があった。「母親とうまくいってなかった。ずっと母のいうことが理解できないまま大きくなっていったんです」という和泉さん。「自分の親だから愛そう愛そうと思っていたんですが、ある時『ダメだな』と思いました。なんでこんなに愛せないんだろう、母親の言うことがわからないんだろうと思った時に『母親も(発達障害の)当事者だ』と。たぶんASD自閉症スペクトラムアスペルガー症候群)だと思う。以外に身近だった」

 発達障害は遺伝傾向があると知っていたので、自分も診断、検査を受けると「ADHD傾向がある」という結果が出た。「まったく無縁だったと思ってた人間がほぼ当事者だったわけです。そういう人はまだまだいるだろうなと思いました」という。

「(障害などの問題から)無縁だと思っている人にほど、発達障害に限らずマイノリティのことを知ってほしい」そんな思いが「マイノリティと非マイノリティの交流スペースを作りたい」という、店のコンセプトになった。
 カフェバーにしたのは、自分のサービス業経験が生かせるからという。

 今年4月にクラウドファウンディングを行い、目標金額を達成。趣旨に賛同したボランティアたちの力も借り、6月に開店した。

「とりあえず店は開いた、という第一段階中。発達障害などの人以外にも、来てもらえるようなアイデアを模索中」と言う和泉さん。”当事者のたまり場”だけではない場所にしたいという。来店してみたり、ツイッターなどでアイデアや、協働できることを提案してみると良いかもしれない。


取材・撮影 遠藤一 (@endohajime) | Twitter

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『ごちゃまぜCAFEメム』
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